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著名人・有識者が語る 〜インタビュー、講演、寄稿〜

幾通りもある未来への選択肢

公認会計士 山田 真哉

「予備校のカリスマ教師」を目指し、挫折

数多くの話題作を執筆し、厚生労働省等の各委員や人気コピーライターの事務所のCFO(最高財務責任者)を務め、テレビドラマの監修にも携わる公認会計士。その活動内容だけを見ればさまざまな世界でエネルギッシュに行動する人物を想像するかもしれない。しかし、実際にインタビューに応じてくれた山田さんは、イメージとはまったく違った物静かな青年だった。

そんな山田さんに多彩な活動に取り組むに当たってのモットーを聞いてみた。

「ただ目の前にあるチャンスをそのまま受け止め、黙々と取り組んできただけです。その結果としていろいろなことをやってきたように見えるかも知れませんが」

山田さんは神戸で生まれ、育つ。高校3年生のときに阪神淡路大震災を体験。幸いにして家族は全員無事だったが、家は全壊してしまう。大学受験を目前にした冬、ラストスパートのまさにその時、勉強に打ち込む場所を失った。しかし、山田さんは動揺することなく、多方面に連絡を取り、予備校の寮に生活と勉強スペースを確保する。近くには第一志望校の大阪大学があり、受験にも便利だった。そしてそのままストレートで大阪大学に合格する。


目の前に起こった現実を淡々と受け止め、黙々と行動していく。そんな山田さんの生き方の基本は受験生時代から芽生え、大学時代にも貫かれていく。

「家が全壊していたので生活費は自分で稼がなければなりませんでした。そこで出会ったのが予備校講師のアルバイトです。時給は高く、大卒の新卒社員の年収程度は軽く稼げるのがまず魅力でした。そのうち、現代文や古典を教える面白さにも惹かれ、あっという間に夢中になっていました。卒業を控え、就職活動では一般企業か予備校か迷った挙げ句、予備校に決めたのです」

山田さんが選択し、目指した道は現代文のカリスマ教師。それは衛星放送で授業が全国の予備校に放映されるスターのような存在だった。しかし夢を抱いて就職のために上京したものの現実は厳しく、わずか2カ月で退職してしまう。