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著名人・有識者が語る 〜インタビュー、講演、寄稿〜

正解はひとつではない 大切なのは学び続ける心

宇宙飛行士 山崎 直子

宇宙飛行士になろう そう意識し始めた中学時代

「宇宙飛行士」という言葉を聞くと、子どものようにワクワクしたり、ドキドキしたり、思わずスーパーマンのような人物を想像してしまったりするのではないだろうか。

「こんにちは」という爽やかな挨拶とともに山崎直子さんが取材場所に現れた。時速2万キロという桁はずれの速度で大気圏を飛び出し、宇宙空間でいくつもの重要な任務を成し遂げた人物が目の前にいる。

しかし、その第一印象はごく普通の女性であることに驚く。そして穏やかで優しい話しぶりにその場の緊張はあっという間にほぐれた。

まずはどんな少女だったのかをうかがった。


「どちらかというと、のんびりとした女の子でした。幼いころから自然と接するのが好きで、星空をずっと見ていても飽きませんでした。生き物にも興味があり、夏の夜にはセミの幼虫が羽化する瞬間を観察したくて毛布に包まってじっと待ったこともありました。宇宙への関心が高まったのは小学校2年のとき。星を観る会で初めて天体望遠鏡を覗いたころからでしょうか」と山崎さんは話す。

その後もプラネタリウムに通ったりする中で、自然と宇宙に興味を持っていった。ただ職業としては、学校の教師やお花屋さんになりたいとも思っていて、いろいろな職業に憧れを持つ他の子どもたちと変わらなかったと山崎さんは振り返る。

ところがある日を境に宇宙飛行士になろうと強く思うようになる。1986年1月28日、中学生の山崎さんはスペースシャトルチャレンジャー号の打ち上げをテレビで観た。

メンバーの一人にはクリスタ・マコーリフさんという女性の高校教師がおり、宇宙から授業を行うことも話題になっていた。しかし、打ち上げから1分ほどでチャレンジャー号は空中爆発という悲劇に見舞われる。

その事故のニュースを見て山崎さんは大きなショックを受ける。憧れである宇宙飛行士と教師の両方の顔を持つその女性の命が、事故によって一瞬にして奪われたからだ。このとき山崎さんは、クリスタ・マコーリフさんをはじめ、空中爆発で亡くなった人たちの意志を、自分が宇宙飛行士になることで受け継げたらと思う。