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高校生小論文コンクール

「金融と経済の明日」第3回高校生小論文コンクール(平成17年)

考えようよ、日本の経済。

「現代日本人の契約意識と、その根底にあるもの」

特選・文部科学大臣奨励賞

静岡県 静岡県立富士宮西高等学校 1年 平岡直祈

テレビや新聞のニュースを見ると毎日のように、振り込め詐欺や悪徳リフォーム商法、マルチ商法やネズミ講、また消費者金融から過剰な借金をして経済的に行き詰まり、その結果、窃盗や強盗などの犯罪行為に手を染めるなどの事件が報じられている。それらの多くは、善良な市民や、判断能力が弱くなったお年寄りなどの社会的弱者を狙った悪質なものであり、犯人に弁解の余地はないと思われるが、しかし、中には「楽をしてお金を儲けようという欲をかくから、こんな被害に遭うんだ」とか「借金をする前に、返済できるかどうかよく考えればいいのに」と思われる事件も少なくない。

しかし、実際それらの事件の被害者になった人にしてみれば、そのような第三者的な批評は腹立たしいものだと思うだろうし、また、このように偉そうに言っている自分が、いつ、ちょっとした心の隙をつかれて、同じような被害者になるのか分からないところに現代社会の恐ろしさがある。

今述べたような事件の大半は、他人を騙してお金を盗ろうとする悪質な人によって、善良な市民が被害を受けるという形であり、その災難は思いがけない時に、思いがけないところから、いかにも本当らしい形でやってくるので、完全に身を守ることは難しい面があるとは思うが、しかし、通常の判断能力を持った大人(あるいは、大学生や高校生くらいまで含む)であれば、契約と自己責任という概念をしっかりと持っていれば、未然に防げる場合も多くあるのではないだろうか。

特に、これらの詐欺のうち、マルチ商法やネズミ講のような「人の欲につけ込む」ものにだまされた場合や、自分の経済能力を省みずに消費者金融から多額の借金をして返済できなくなったという場合には、自己責任が問われても仕方ないかも知れない。しかし、そのような場合、「欲」や「目先の現金」に心を奪われてしまう前に、冷静な判断力を持ってよく考えてみれば、被害者になるのを防ぐことは可能であると思われる。その場合、「契約」という概念が非常に重要な意味を持ってくるのである。

そして、その概念を持ち、その視点からよく考えた末に、「マルチ商法」や「ネズミ講」に投資したり、消費者金融から多額の借金をするのであれば、それは完全にその人の「自己責任」の上で処理すべき問題となってくる。けれども、その点が曖昧(あいまい)なまま、マルチ商法やネズミ講、借金で大切な財産や信用を失ってしまった場合、その人は自分の自己責任ということを理解できず、自分は単なる被害者なのだ、という意識しか持たないのではないか。

今述べたように「契約」と「自己責任」とは密接に結びついている言葉である。契約の概念を理解できない人は、本当の意味での自己責任を理解することもできないだろう。それでは、「契約」と「自己責任」とは、いったいどのような意味を持ち、両者はどのような形で結びついているのだろうか。そのことを今から考えてみたい。

そもそも契約とは「互いに対立する複数の行為主体の意思表示の一致(合意)によって成立する行為であり、法律的な債権・債務関係が発生することを意味」(『世界大百科事典』平凡社)しているが、概して日本人は、欧米人に比べて契約意識が薄いとよく言われる。その原因として考えられるのは、両者の社会通念基盤の違いではないだろうか。欧米社会の基礎となっているキリスト教は、もともと一神教であるユダヤ教から派生したものであり、ユダヤ教もキリスト教も、一神教という「契約宗教」である点で同じである。

例えば、キリスト教の正典である聖書は「旧約」と「新約」の二つから成っているが、ここで使われている「約」という言葉は「契約」という意味である。すなわち、「旧約」は古い契約、「新約」は新しい契約ということである。旧約は、紀元前千数百年頃、イスラエル人を奴隷状態から救い出したモーセを通して神が与えた「十戒」がその基礎となっており、新約は、「イエス・キリストによる救済」の契約である。

キリスト教やユダヤ教は、このように信仰というものを「神との契約」として理解している。そのような契約的概念が近世以降、ピューリタンによって、より一層研ぎ澄まされて現代の資本主義経済の基礎が築かれた。

それに対して、神道に象徴される日本人の信仰にはそのような契約の概念は薄く、元来、日本人社会の基盤は、「相互扶助」とか「信頼」といった情緒的なものが主流だった。勿論、そこには欧米社会にはない良い面も沢山ある。しかし、そのような情緒的な日本社会においては、契約の概念はあまり積極的には評価されず、否定的にとられる場合も多々ある。

例えば、人に何かを頼むときに「契約書を交す」などと言うと、「何を水くさい。俺が信用できないのか」と言われることが多いのではないだろうか。頼む方も頼まれる方も、「契約」よりは「信頼」を重要視し、その信頼によって社会は成り立っていた。しかし、そのような社会では、お互いの信頼関係が成立しているときは良いが、何かのはずみでその信頼が崩れてしまうと悲惨な結果を生みかねない。「言った」「言わない」の話に始まって、最悪の場合はテレビや新聞のニュースの種になってしまう。

このように考えてみると、日本人社会の美徳である「信頼関係」は意外と脆(もろ)いものであると言わざるを得ず、「果たしてそれは本当の信頼関係なのだろうか」という疑問さえ出てくる。その証拠に、日本人は非常に世間体を気にする民族である。自分が世間からどのように見られているのかという「世間体」が、非常に重要な意味を持っているのが日本人社会の特徴である。

もし、本当の信頼関係に基づいた社会であれば、そのような世間体を気にし、場合によってはビクビクしながら生きていかなければならないことはないはずである。これは日本社会の「信頼」におけるマイナス面であると言えるが、しかし仮に、このことに目をつぶって、この日本社会の「信頼」という美徳を積極的に評価したとしても、その「信頼」という美徳が重要な役割を担ってきた古き良き日本社会が、近年の都市化に伴って崩壊し始めているのが現代社会の実情ではないだろうか。

言わば、現代の日本社会は、古き良き時代の日本社会を支えていた「信頼」が崩壊し始めているにもかかわらず、それに代わる「契約」概念がまだ十分に行きわたっていない、中途半端な状況にあるのではないだろうか。

従来の日本社会において、その基盤である「信頼」の裏返しとしてのマイナス面には「世間体」の他に「甘え」というものもあると思う。概して日本人は、「相手への信頼」と同時に「自分への甘え」も並行して存在してはいないだろうか。「相手を信頼していたのに裏切られた」と言うときに、そこに自分への甘えがないだろうか。確かに相手を信頼することは人としてとても大切なことであるが、しかし人間社会はそれだけで成り立っていけるほど単純ではない。

普通の人間であれば誰しも多かれ少なかれ、相手に対して誠実であろうという良心は持っているであろうが、しかし、それでも時として相手の信頼を裏切ったり、裏切らざるを得ない場合も起こり得る。また、広い社会の中には、冒頭で述べたように他人をだまして自分の利益を得ようという悪い人間も少なからず存在する。それは何も日本人に限ったことではなくて、人間全てが、社会の中で生きていく上で避けることのできない宿命のようなものなのだろう。

私たち日本人は、従来の古い日本社会が崩壊しつつある時代に生きている。そこでは、これまでの古い日本人意識から、新しい社会に対応できる意識への変革が求められる。欧米の契約社会が無条件で良いとは思わないが、好むと好まざるとにかかわらず、現代社会は欧米化してきているし、そのような社会の中では、我々一人一人に契約の概念が要求される。

残念ながら、現在の日本社会は、古い社会の概念と新しい社会の概念の悪いところ同士が重なっているようにも思われる。その具体的な現れが冒頭に述べたような事件なのではないだろうか。そして、それは「被害者」の側にも現れてくる。それが「甘え」ということである。リフォーム工事、マルチ商法、ネズミ講、そして消費者金融からの借金のいずれもが、現代社会においては「契約」によって成立している。「契約」を交した以上は「甘え」は許されないのが本当である。

しかし、現代の日本においてはそれが曖昧なまま存在している。それゆえ「お金が儲かると聞いてマルチ商法に応募した」結果、財産を失ってしまった人に対して、「それは自業自得だ」という意見が外から投げかけられたとしても、当人は自分が純粋な被害者だと思っている。それは、その人の問題というよりも、現代日本社会の問題なのかも知れない。我々はもう一度そのこと、すなわち、現代社会に生きる者の条件は「契約」意識を持つことであり、「契約」には「甘え」は許されないものだということをよく考える必要があり、それは「自己責任」の厳しさを表している。

しかし、ここで注意しなくてはならないことは、単純に「自己責任」というと、それは「何か問題が起きたら、自分で責任を取ればいいんだろう」という、一見開き直りのようにも聞こえる否定的な意味で理解されやすいことである。けれども何か問題が起きた時には、それは大抵の場合、当事者本人の問題だけではなく、周囲の人々、あるいはもっと多くの関係者、場合によっては社会全体にも影響を及ぼすこともあり得る。従って我々は「自己責任」という言葉の持つ重大さについて、今一度真剣に考えなくてはならないと思うし、真剣に考えれば考えるほど「自己責任」の持つ意味の重さがのしかかってくるのだと思う。

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