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著名人・有識者が語る ~インタビュー、講演、寄稿~

夢はかなう 挑み続ける限り

早稲田大学名誉教授(工学博士)、東日本国際大学副学長、エジプト考古学者 吉村 作治

少年時代から古代エジプトへの夢を抱き続け、いくつもの困難が立ちふさがっても、けっして諦めず、その夢をかなえてきた吉村作治さん。
現在も精力的にエジプトで発掘を続けながら、古代エジプトの魅力を国内外に紹介する活動に取り組んでいます。
そんな吉村さんにエジプトの素晴らしさや夢に挑み続ける生き方を伺いました。

吉村 作治
(よしむら・さくじ)

早稲田大学名誉教授(工学博士)。東日本国際大学副学長。エジプト考古学者。約半世紀にわたりエジプト発掘調査を継続、国際的評価を得る。国内ではe-ラーニングの普及、お祭りによる地域活性化に努めている。

公式HP「吉村作治のエジプトピア」 http://www.egypt.co.jp/


一冊の本。そこから始まるエジプトへの道

トレードマークの髭とよく響く声。そしてエネルギッシュな人柄。取材に応じてくださった吉村作治さんは、テレビ番組で見る印象と変わることはない。ただ間近で接すると、その眼差しや一挙一動から信念の強さがより一層伝わってくるようだ。そしてその信念の強さは、夢を諦めることなく、挑み続ける生き方が物語っている。

吉村さんの古代エジプトへの夢。それは小学校4年生の時に読んだ一冊の本で芽生えた。

本の名は『ツタンカーメン王の秘密』。20世紀最大の考古学的発見といわれるツタンカーメン王の墓を発見したエジプト学者ハワード・カーターの伝記だった。吉村さんは、そこに書かれている古代エジプト遺跡の魅力とその発掘にかけるロマンにどんどん惹かれていく。一読して衝撃的な感動を覚え、以来エジプト行きへの夢を抱き続ける。

思ったことは、行動に移す。そんな吉村さんらしいバイタリティは少年時代からあふれていたようだ。さっそくエジプトへの憧れについて担任の先生に語ると、先生から考古学者への道を勧められた。そして、そのためには東京大学で学び、さらにそこに合格するには、学力レベルの高い高校、中学へ進むべきだと教えられた。吉村さんは、担任の先生に支えられながら猛勉強を始め、東京学芸大学附属大泉中学に合格。エジプトに一歩一歩近づくようにそのまま附属高校へと進む。

高校3年生の冬、東京大学を受験。結果は不合格だったが吉村さんはくじけない。予備校に通い、一浪、二浪とチャレンジを続けた。エジプトへ行くという信念は、変わらない。しかし三度目の挑戦も不合格。最終的には母親のアドバイスもあり、東京大学進学を断念し、早稲田大学に入学する。

調査隊結成。オイルタンカーに乗ってエジプトへ

早稲田大学1年となった1964年、吉村さんは、すぐに行動に出る。それは自らエジプト調査隊を作り上げることだった。

「エジプトへ行こう!」当時大学1年生だった吉村さんが、そう呼びかけると30人くらいの学生が自分も連れて行ってほしいと手を挙げた。

仲間は揃った。しかし、実際にエジプトへ行くには乗り越えるべき壁がいくつもあった。まず資金が不可欠だった。そして指導教授も必要だった。しかしエジプト学に関しては、学内はおろか当時の日本に専門家は皆無に等しかった。吉村さんは当時を振り返り、こう語る。

「資金は、自分たちで理解者を広げ、必死で集めました。指導教授は、当初は無理だろうといわれていたのですが、学内の教授陣をくまなく調べると西洋考古学で古代メソポタミアやシュメールの農耕起源を研究している川村喜一先生という方がいることがわかり、面会を申し込み、指導をお願いしたのです」

そして2年後の1966年9月。いよいよエジプト行きが実現する。最終的に残ったメンバーは吉村さんを含めて学生が5人、そこに指導教授の川村先生を加えて6人だった。資金を節約するため、エジプトまで無料で乗船させてくれるオイルタンカーを調べ、乗り込み、吉村さんが中心になって作りあげたエジプト調査隊は半年間にわたってエジプト全土を調査していく。

少年の頃からの夢。その実現への一歩が踏み出された。

いくつもの障害を乗り越え、東洋人初の発掘権を得る

自らの足で初めてエジプトの大地を踏みしめた吉村さん。次に目指したのは、大地の下に隠された遺跡の発掘だった。そのためには、エジプト考古庁から発掘権を取得する必要があった。しかし、当時の早稲田大学にはエジプト発掘史の分野で何の実績もなく、エジプト考古庁に人脈もない。そこで吉村さんは、大胆な行動に出る。

「だったら現地のエジプトに住んでじっくり交渉するしかないだろうと考えたのです。そこで早稲田大学を休学してカイロ大学考古学部の聴講生になりました」

発掘権の取得。その道のりは長かった。何度も考古庁の窓口を訪ねて交渉にあたるが、担当者の態度は冷たい。当時、発掘を行っていたのは欧米人が中心で東洋人が関わったことはなかったからだ。吉村さんは、1969年に一度帰国し、早稲田大学を卒業。カイロ大学の大学院生として再びエジプトでの生活を始めた。

やがて苦心の末、エジプト考古庁の長官に会うチャンスを得、いくつもの障害を乗り越えてきた発掘権取得の道が開けていく。1970年3月には恩師の川村先生が考古庁を訪れ、発掘権取得が内定した。資金も恩師が自宅を売って調達すると覚悟していたが、文部省から補助金を受けることができた。1971年3月、発掘権を正式に取得する。それは東洋人初の快挙だった。吉村さんのエジプト初訪問から5年が過ぎていた。

国内外で注目された『彩色階段』発掘の偉業

発掘権を得た吉村さんたちの調査隊は、やがてエジプト考古学史上に残る大発見を成し遂げる。それは、1973年の年末から開始した第3次マルタカ遺跡発掘調査のときだった。

当初の調査地はローマ時代の建築跡。しかし現地スタッフは近くにある『魚の丘』の発掘を強く勧める。そこでローマ時代の建築跡の調査が一段落した翌年1月、予定を変更。『魚の丘』での発掘が開始された。その作業の中で吉村さんは、砂漠の中から、今までに見たことのない不思議なものを目にする。それは、極彩色の絵が描かれた階段だった。

この『彩色階段』の発見は、AP通信社の文化部の記者が世界中に紹介。ツタンカーメン王発掘以来の大発見として日本のマスコミも大きく取り上げていく。また、自分たちの調査隊も国内外で注目され、エジプト発掘史では無名だった日本が、世界で認められるようになる。

「何に使うか」を大事にする。それが吉村流の金銭観

吉村さんは『彩色階段』発見以降もさまざまな壁に直面しながら、変わることなくエジプトに出かけ、数々の発見を成し遂げていく。

「発掘調査には膨大なお金がかかります。周囲の理解が得られず、資金をなかなか用意できないときもあります。しかし、結果としてすべて調達ができました。そういった経験の中で私は、お金は何に使うか、という目的意識が大事だと思うようになってきたのです。目的さえ明確であれば、資金を集めることは、苦労とは感じなくなっていました」

使い方を大事にする吉村さんの金銭観。そこにエジプト考古学者としての視点も加わり、モノの価値についてこう語る。

「私たち現代人は、モノにかかる金銭的なコストをすぐに考えてしまい、それに見合った対価で価値を決めてしまいがちです。しかし古代エジプト人は違っていました。貨幣経済ではなく、物々交換だった彼らは、価値は金銭的なコストでなく自分の判断で定め、相手と交渉する経済があったのです。価値を金銭的なコストだけにとらわれず自分の物差しで決める。それはお金のことに縛られがちな現代人にとっても参考になる視点ではないでしょうか」

発掘調査にも、人件費などの大きなコストがかかる。なぜ、それほどのコストをかけてまで発掘調査を行わなければならないのか――このように私たちは、金銭的なコストから物事を考える習慣があるかもしれない。それが、間違っているわけではない。ただ発想が、あまりに金銭的なコストに縛られ過ぎてはいないだろうか。吉村さんが紹介する古代エジプトの経済は、現代人が価値について考えるときに新しいヒントを与えてくれそうだ。

今、日本への感謝を込めて

60歳を越えた今でも吉村さんは、平均して月1回はエジプトへ発掘調査に出かける。年齢を重ねてもエジプト考古学者としての活動はもちろん、新たな試みとして平成19年、日本初の完全インターネット講義による「サイバー大学」の学長に就任、開校するなど、その精力的な活動は、けっして衰えることはない。

その中で高まっているのは、日本への感謝の思いだ。自分が夢を抱き、ここまで突き進むことができたのは、自分を育ててくれた両親や仲間、恩師、そして日本という土壌があったからだと語る。

そういった感謝の思いを込めて、日本の祭りを新聞、雑誌、インターネットなどのメディアを通して紹介する取り組みを吉村さんは始めた。

「祭りには、和を大切にし、神々へ感謝する日本の心が変わることなく受け継がれています。その心を祭りの紹介を通して多くの人に知ってもらうこと。それが、今、私にできる日本への恩返しだと思うのです」

そう語る吉村さん。これからも信念を貫きながら、古代文明や伝統文化のロマンに挑み続けることだろう。

本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」Vol.12 2010年春号から転載しています。なお、プロフィールは2014年9月時点のものです。


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