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著名人・有識者が語る ~インタビュー~

食卓から未来を育てる

食育研究家 服部 幸應

調理師学校校長、食育研究家、そしてさまざまな公的機関の要職と、精力的に活動する服部幸應さん。
「食育基本法」の制定にも大きく関わり、「食育」の推進に努めています。
そんな服部さんが大切だと考える食と人との関係や自身のお金観、そして、たくましく生きるヒントを伺いました。

服部 幸應
(はっとり・ゆきお)

約20年前から食育を通じた子どもの健全な育成や、生活習慣病予防、地球環境保護などを提唱。(公社)全国調理師養成施設協会会長、内閣府「食育推進会議」委員・「食育推進評価専門委員会」座長などの役職を歴任。著書に『食育力』(マガジンハウス)、『家庭の食育』(キラジェンヌ)など多数。

料理学校を営む家に生まれ、厳しく育てられた少年時代

取材先で訪れたのは、服部幸應さんが営む料理学校の校長室。階下では、学生たちが実習のなかで楽しそうに交わす声が聞こえていた。インタビューに応じてくださった服部さんの服装は、もうおなじみとなったスタンドカラースーツ。気品を感じさせる印象はテレビで観る姿と変わらなかった。

料理学校を経営する家に生まれた服部さんは、2歳の頃から包丁を握らされ、4歳の時にはりんごの皮むきができるようになっていたという。

箸の使い方や他人と接するときの振る舞い方などのマナーも幼いころからしつけられた。隣の家に些細(ささい)な用事で行くときですら、身なりをきっちりするよう母から言われた。世間から厳しい目を向けられる学校経営者の家庭ならではの大変さが、幼いころから服部さんの身にしみていく。

服部さんに対する本格的な料理教育が始まったのは、小学校4年のときだった。 「ある日、父親から『明日の昼に天丼を作ってみなさい』と命じられたのです。子どもながら、それは父親からテストされることだとすぐ分かりました。もちろん、ご飯の炊き方、天ぷらの揚げ方、天つゆの作り方などは部分的に教わっていたから、できないわけではありません。それでも一からすべて自分で行うのは初めてです。緊張しながらも一生懸命に作ったことを覚えています」

そして、服部さんはできあがった天丼を食卓で待つ父親に出す。評価は厳しかった。父親はひと口食べて「不味(まず) い」と言い、それ以上、箸をつけることはしなかった。

その後もテストが幾たびも行われたが、なかなか父親を満足させるものはできなかった。

そんな服部さんを応援してくれたのは祖母だった。祖母は、機会があるごとに名店と言われる店に服部さんを連れ出してくれ、その中で服部さんは一流の味を自らの舌で覚えていく。祖母の応援に応えるように腕も上がり、父親から「美味(おい)しい」と言われる回数が増えていった。

人間形成に重要な幼年期の食事。食卓での親子の語らいが大切

躾(しつけ)や料理の英才教育を受けながら、服部さんは成長していく。30歳を過ぎたときに家業を継ぎ、料理学校の校長に就く。そして教育者として学生たちを育てながら、料理研究家としても広く活躍するようになる。また、テレビ出演や料理のオピニオンリーダーとして講演する機会も増えていった。

平成15年には、「食育調査会」など食に関する政策部会のアドバイザーにも就任。小中学校など実際の教育現場を訪れる場面も多くなっていった。

そんなある日、小学生が描いた絵を見る機会があった。「テーマは夕食でした。その中に子どもが一人で食事をしている絵がありました。小さな菓子パンと飲み物を大きなテレビの前で摂(と)る姿。そこには父親や母親など家族の姿はありませんでした」そうした絵は決して特殊ではなく、たくさんの子どもが描いていたという。服部さんは、こうした事実にがく然とした。食事に対して親の存在感がまったくないのだ。

「私は食育の意味や大切さを話してきましたが、言葉だけが一人歩きし、食育の本当の意味はまだまだ浸透していなかったのです」と服部さん。

「まず最初の母乳を与えることにより、母親の脳から「オキシトシン」というホルモンが出て、子どもを守らなければいけないと思うようになる役目をしています。そして子どもは乳を飲むことにより「オキシトシン」が働いてお母さんを好きになるのです。特に幼年期に家族との温かなふれあいにより豊かな人間性を育てていくことにつながります。そこで重要な役割を果たすのが家族と一緒の食事であり、それにより男も女も「オキシトシン」が出ることになるのです」

人間性だけではない。家族で食卓を囲むことにより、箸の持ち方や料理の食べ方などの常識も親や年長者から教わることができる。食事の時間こそが、大人に成長していく上で、人として恥ずかしくない礼儀や作法を学ぶための時間なのだ。

人として必要なものを、食事のときに親が子どもに啓蒙していくのが「食育」の大切な目的であると服部さんは言う。「『食育』とは食事を通して子どもにどう関わっていくかを親自身が学ぶ『親学』でもあるのです」

日本の未来を憂い、「食育基本法」の成立を支える

「食育」の普及に向けた服部さんの活動の背景には、わが国の将来に対する憂いがある。「このままではいけない」その思いが服部さんの行動力の源だ。食と教育の関係について発言する機会がますます増える中で、服部さんは、特に教育の根幹部分に「食育」を位置づけるべきだと考えた。

そのために服部さんは、民間レベルで「食育」の普及を目指す活動を展開するだけでなく、国や行政レベルでの大きな枠組みの中で「食育」を推進する活動を展開していった。教育の3本柱である知育、徳育、体育にプラスして、新たな柱として「食育」を位置づけるために「食育基本法」の制定に力を注いだ。ちょうどその当時は、BSE(牛海綿状脳症)など食の安心・安全問題に関心が高まった時期だった。

「食育基本法では『選食能力』、『共食のすすめ』、『食環境の整備』という3つの柱を設けました。日本には『旬(しゅん)』という言葉があります。単に食材が美味しくなるという意味ではなく、栄養価も高くなるのです。そういった古来からの知恵によって、日本では優れた食べものを選ぶ技術が培われてきました。それらを踏まえ、1つ目の柱である『選食能力』は、安心で安全な食べ物を見つけ出す力を養うために設けたのです。

2つ目の柱は、『共食のすすめ』を通じて躾を行うことです。増え続ける陰湿ないじめや凶悪犯罪の原因の一つとして、親子で食卓を囲む時間がないことが十分に考えられました。躾や人間性を養う親子の食事の重要性を浸透させていくために、この柱を設けたのです。

3つ目の柱である『食環境の整備』とは食料問題への対応です。特に日本における食料自給率の問題について、国民の皆さんの認識を深める意味でもこの項目を柱の一つにしました」と服部さんは語る。

「食育」の牽引役としての服部さんの活動は、法律を作ることだけでは終わらない。平成18年からは「食育推進5ヶ年計画」、さらに平成23年から「第二次5ヶ年計画」を実施している。服部さんは、その制定会議のメンバーとして、食育を推進する基本的な施策と目標(「朝食を欠食する国民の割合の減少」など)を定め、食育を国民的な広がりを持つ運動へと展開している。

「食育」を世界へ広げたい。目標は日本料理のユネスコ無形文化遺産登録

多忙をきわめる服部さんは、この38年間で休んだのはわずか29日と話す。そんなエネルギッシュな毎日を送る服部さんにとって、生きる力となっているものは何だろうか。返ってきた答えは「セーブ」と「チャレンジ」という2つのキーワードだった。

学校経営という社会の模範を示すべき家庭環境で育った服部さんには、非常識な行動をセーブする生き方が身についている。

お金の使い方についてもハメを外さないよう、自らをセーブする考えが先に働いてしまうそうで、ギャンブルや無駄使いをしたことが全くないという。人には「つまらない」といわれることもあるそうだが、こればかりは性分なので仕方ないと服部さんは笑う。

しかし、自重するばかりではない。自分にプラスとなる体験であれば、お金をかけて何でもチャレンジする。その行動力が、現在の自分を作っていると分析する。興味があったり、自分にプラスとなりそうな直感が働くとき、スケジュールの都合や損得勘定だけでその体験を避けるのではなく、まずは自らが率先して行動する。そしてそれを徹底的に続ける。「やってみなければ分からない」「何とかしてみる」そんな言葉が困難に直面したときの服部さんから自然に飛び出すそうだ。

「私は何かに取り掛かるとき、『成功に不思議あり、されど失敗に不思議なし』を信条にしています。成功するのは偶然や幸運もあるけれど、失敗には偶然はないという意味です。私はその通りだと思います。ですから私は徹底的に努力をします。学校経営にしても食育の普及にしても順風満帆だったわけではありません。けれどすべて全力で事にあたり、乗り越えてきました。私にとってチャレンジとは、どこまでも努力を続けることなのです」と服部さん。

今、服部さんが挑んでいるテーマは、「和食」でユネスコの世界無形文化遺産に登録させること(平成25年12月に登録が実現)。同時に服部さんが推し進めてきた「食育」も世界へ広げたいと話す。「『食育』に対する考え方はアメリカなどでも進んできていますが、いち早く法律化したのは日本でした。今後、日本は、『食育』の先進国として世界をリードしていく使命があると思います。そのために実現したいのがこの世界無形文化遺産への登録です」

服部さんの「食育」へのチャレンジは今、日本を超えて世界へと向けられている。

本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」Vol.19 2012年冬号に加筆のうえ2014年12月に掲載しました。


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