金融教育フェスタ
金融教育フェスティバル2010
暮らしに役立つ講演会
講師 : 養老 孟司 氏 (東京大学名誉教授)
「働くことと、脳にとってのお金」
お金を使うのは、「同じ」と認識するヒトだけの特徴
お金というのは、ものを同じにする道具です。「金で買えないものは無い」というのは、価値を等しくできないものは無い、交換できないものは無いという意味です。同じということが分かるのは、人だけです。
脳がやっていることは、五感で入力し、脳の中で演算して、運動として出力する、この3つだけです。例えば、私の感覚がここにいる皆さんの違いを捉え、それが「同じ」人間だと演算する能力があるので、安心してお話しできているわけです。感覚は「違う」という世界を作り、頭の意識は「同じ」という世界を作っているのです。
ものが感覚から脳に入る時、すべて電気信号に変換されます。脳内を走り回っているのは神経細胞の興奮だけです。そこでの違いは、単位時間当たりの神経細胞の興奮の回数だけになってしまいます。単位時間当たりに1回興奮するのを1円とすると、脳内ではすべてがそれで交換できます。お金の動きは、脳で信号が動きまわっているのとそっくりです。
文化人類学者のレヴィ=ストロースは、「人間社会は交換から始まる」と書いています。初めは物々交換で、交換の行き着いた先がお金です。すべてのものを交換可能にしたのがお金です。お金とは、物と物の価値を同じにする等価交換の道具です。同じということが理解できないと、交換はできません。同時期に生まれたわが子とチンパンジーの子を一緒に育てて、成長過程を比較した米国の人類学者がいました。人の子は4歳ごろになると相手の心を推測し、自分を相手の立場に置いてモノを考えるようになりますが、チンパンジーは一生それをしません。突き詰めると、意識にある「同じ」という働きだけが人を特徴付けているのです。でも、それ以外は動物のほうが利口ですよ。
人の全身の細胞は毎日入れ替わっていますから、人はひたすら変わっているのです。一生変わらないのは血液型ぐらいです。皆さんは、1日会わなかったらすっかり違った人になっているかも知れません。それを「私はずっと同じ」だと思っているのは、現代社会に毒されているだけです。そんな人が増えてくると、世の中は一向に動かなくなってしまいます。お金が自分のところにたまっていればいいという人が増えた状態を、不景気と言います。それを変えることができるのは皆さんですよ。
プロフィール
解剖学者、東京大学名誉教授。人のあらゆる営みは、脳という器官の構造に対応しているという「唯脳論」の提唱者。脳科学、解剖学などの観点から、人間の行動や思考を解説。幅広い人気を博す。「バカの壁」他著書多数。