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著名人・有識者が語る ~インタビュー~

人の心と生きる力

精神科医、立教大学教授 香山 リカ

精神科医として20年以上、心の病と向き合ってきた香山リカさん。
現在も大学で教鞭を取りながら、週の半分は診療室で患者さんの診療にあたっている香山さんに、現代ならではのストレス原因、現代人が身に付けるべき力、そして金融教育などについて、お話を伺いました。

香山さんの事務所。書棚の上には、香山さんのペンネームの元となったリカちゃん人形も。ちなみに、このペンネームは学生時代、出版社でアルバイトをしていた際に編集者が勝手に付けたものなのだとか

香山 リカ
(かやま・りか)

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業後、神戸芸術工科大学助教授、帝塚山学院大学教授を経て、現在は立教大学現代心理学部映像身体学科教授。学生時代より雑誌等に寄稿し、91年『リカちゃんコンプレックス』で単行本デビュー。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心に多様なメディアで発言を続けている。『親子という病』(講談社)、『言葉のチカラ』(集英社)など著書多数。2005年の金融教育フェスティバルにもご出演。

精神科医として感じること

「精神科医と言うと、特殊な仕事のように思われることも多いのですが、実際には内科などとあまり変わりません。診療室で患者さんのお話を伺って診断を下し、必要に応じて薬を処方する。また、脳内の不調や内科的疾患の一症状として精神症状が出ることも多いので、血液検査やレントゲン検査をすることもあります」と香山さん。精神科医としてのキャリアはすでに20年以上。自身が医師になったころに比べると、今は精神医療に対する理解が深まり、若い世代の外来受診者も増えているとも言う。

「全体的な割合から見れば中高年が多いですが、不登校などの問題もあり、小・中学生を含め、10代、20代の方も相談に来られるようになりました。また近年、精神疾患は全般的に軽症化していますが、患者さんの年齢層や症状の幅が広がったことで、精神科医の扱う範囲は拡大しています」

香山さんと言えば、多数の著書などで臨床体験に基づく鋭い時代分析もされている。こうした活動についてご自身はどのように考えておられるのだろう。

「私たち医師の仕事の基本は、診察室に来られる患者さんを診療し治療することにあります。ですから、すぐキレる人やニートなど、診察室に来ない、治療や分析を求めてこない人について私が執筆したり語ったりするのは、職域を超えているのではないかという意見もありますし、自分でそう思うこともあります。でも一方で、診察室の中での問題を考えることが、いつかは外の社会を考える上でのヒントになるかもしれないという気持ちもある。どこまでを語り、どこまでを語らないか、そのバランスは難しいですが...」

現代人特有のストレスとは?

ストレス社会と言われて久しい現代。その原因には人間関係、経済・社会情勢の変化などいろいろなものが考えられるが、香山さんが現代ならではのストレスの原因として挙げたのは、「自分らしさ」や「自己実現」へのこだわりの強さだ。

「充実した生活を送り、特に悩みもないのに『今の生活は自分らしくないのではないか』と感じる人がたくさんいます。でも、どんな生活が自分らしいのか分からず、思い悩むうちにうつ病になってしまったり。この傾向は真面目な人に多いです。自己実現したい、いつも成長していたい、輝いていたいという気持ちは人が成長する原動力にもなるものですが、いつの間にか、それを実現できない自分を否定したり、非難したりする気持ちにすり替わってしまうことがあるのです」

しかし一方で、現代のような衣食住の足りた豊かな社会では、自己実現したい、自分らしく生きたいと思うのは必然的な流れでもあり、ストップさせるのは不可能とも香山さんは言う。

「大切なのは、今の自分を肯定すること。人はもともと、そのままで十分自分らしいものだし、これまで頑張ってきたことを正当に評価し、自分の人生に対してある程度、自信を持つことが大切です。たいていの人は、何かに失敗したこともあれば、うまくいった経験も持っているはず。いつも100点でなくても、平均して60点、70点ならいいのではないでしょうか。また、自分を否定的に見ている親の元では、子どもも自分の存在を否定的に考えてしまいがちです。そういう点からも、等身大の自分を受け入れ、そこから現実的に何ができるか考える力をつけてほしいし、それが現代社会での『生きる力』の一つと言えると思います」

想像力を生かして

自己実現の問題も含め、私たちが心に悩みを抱え込んでしまったときのヒントになるものとして、香山さんがすすめるのは「古典」。

「これは小説でも映画でも、あるいは哲学とか宗教でも何でもいいのですが、古典として残ってきたものの多くには、人間の抱えるさまざまな悩みに対し、どんな問題意識を持ち、どう苦しんできたかが描かれています。そういったところを参照して、自分の生き方を考えるというような想像力も必要ではないでしょうか」

想像力については、香山さんは早くから著書の中で、「他者の立場に自分を置いて考える」という想像力の低下傾向について指摘してきた。この力を付けるためにはどうすればいいのだろう。

「例えば今、泣ける映画や小説がヒットしていますが、『泣けたね』『スッキリしたね』と満足して終わってしまうのでは、テーマパークへ行ってジェットコースターに乗るのとあまり変わりません。映画を見たり、小説を読む際には、『自分があの人の立場だったら』『あの状況に置かれたら』などと感情移入するワンプロセスが必要だと思います」

映画や小説では感情移入が大事である一方、日常生活では時折、自分を客観的に見つめてみる。これも想像力に関する、香山さんからのアドバイスだ。

ゲームなどのサブカルチャーに詳しいことで知られる香山さんだが、かなりの読書家でもある。「高校生ぐらいのとき、遠藤周作さんや吉行淳之介さんの文章がとても好きでした。戦争中に多感な時期を過ごした彼らの作品を読み、実体験のない戦争についてもいろいろ考えましたね」


「例えば、上司に怒られてパニック状態になったときにも、少し引いて、ここでもし自分が泣いてしまったら、その絵(=客観的に見たときの状況図)はどうかなとか。振り込め詐欺では、詐欺が横行している社会的実態を知っていたにもかかわらず被害に遭う人が多いそうですが、これも、子どもや孫を救うために早く振り込まなきゃと思いつつも、少し引いた視線で見ることさえできれば『これって、まさに振り込め詐欺の絵なんじゃない?』と冷静に気付けることもある。客観的な視点で自分にツッコミを入れてみるというか(笑)、そういう発想は大切だと思います。いきなりは難しいかもしれませんが、何かするときに『ちょっと待って、これはどんな絵だろう』と意識する習慣を付けるようにするとよいのではないでしょうか」

金融教育で子どもに自信を

金融広報中央委員会の金融教育フェスティバルに、シンポジウムのパネリストとしてご出席いただいたこともある香山さん。お金について最近感じることを伺うと「社会還元という意識の希薄さ」が気になると話す。

「国際的な活動をしているボランティア団体のスタッフが現地で事件に巻き込まれ、その後の報道で、彼らがギリギリの予算で活動していたことを知ることがあります。このように社会的な意識を持つ人たちが経済的に厳しい状態にある一方で、贅沢にいわゆる『セレブ』と呼ばれることを喜ぶような生活をこれ見よがしにしている人もいる。そうした状況を見ていると、何かもっとうまくいろいろなものが社会で循環できないものかと思ってしまいます。アメリカではビル・ゲイツ氏などが巨額の寄付をしていますよね。もちろん、これには宗教的な背景などの違いもあるし、寄付を強制するのもおかしいことです。でも、お金に限らず、人的なパワーでもいいけれど、もう少し社会に還元するという意識があってもいいのではないかと思います」

一つ一つの質問に丁寧に答えてくださった香山さんへの最後の質問は、金融教育について。精神科医の立場からのご意見を伺った。

「金融教育は、将来お金に振り回されないための知恵を得られるだけでなく、子どもたちが『自分を肯定する力』を身に付ける手がかりの一つにもなるのではないかと思っています。先ほど自己実現のお話の中でも少し触れましたが、最近の子どもたちの中には、自分は親からまったく尊重されていないなどと考え、自信を失いがちなケースが少なくありません。しかし、実際に子ども一人が学校へ行くためには各家庭で少なくないお金が使われているわけですし、学校には税金も使われている。金融教育の中でそうしたことを学ぶことは、自分が親から粗末にされているわけでないと気付くきっかけの一つにもなると思います。また、商店街などで職場体験をする学校もあるそうなので、そうした経験の中で『私だってやればできるんだ』という自信につなげていけたら素晴らしいと思います」と言う香山さん。なるほど、金融教育はこうした面からも「生きる力」につながっていくのだなと感じさせられるお話だった。

本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」Vol.8 2009年春号から転載しています。


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