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著名人・有識者が語る ~インタビュー~

今に全力を尽くす 道は拓ける

TVキャスター 草野 仁

アナウンサーや司会者、そしてキャスターとしてテレビでおなじみの草野仁さん。
その穏やかで誠実な人柄と語りは世代を超えて多くの人たちから親しまれています。
今回は、さまざまな人気番組の顔として活躍する草野さんに幸福感やお金観、そして元気に人生を過ごすヒントを伺いました。

草野 仁
(くさの・ひとし)

TVキャスター。昭和19年旧満州生まれ。東京大学文学部社会学科を卒業後、NHKに入社。主にスポーツアナウンサーとして、オリンピック、野球、競馬など幅広い競技の実況を中心に活躍。昭和60年にNHKを退社しフリーに。以降、朝や午後の情報番組のMCをはじめ、さまざまな番組の司会進行を務める。TBS「世界ふしぎ発見!」は放送開始28年目に突入する長寿番組に。そのほか、講演、執筆活動も行い、この10月に「話す力」(小学館101新書)を上梓。

厳しい父から客観的なものの見方を教わる

一日の中でほっとする瞬間がある。たとえばテレビをつけていつも見る番組が始まったときもそうだろう。草野さんが取材先に現れたときも、リビングでおなじみの番組を見るようなリラックスした気持ちになれた。温厚な人柄と優しい語り口はテレビと変わることはない。そこに何ごとにも誠実に取り組む、草野さんの人間性が伝わってきた。

まずはどんな少年時代だったのかを伺った。軽く頷き、柔和な笑顔で草野さんが語り始める。

「終戦直後の長崎で貧しい時代を過ごしました。食べ物もアワやヒエといった粗末なものがほとんどだったのを覚えています。食事は満足のいくものではありませんでしたが、幸いにして家族は誰も戦争で命を奪われることがなく、そのおかげもあり明るく元気な少年時代を過ごせたと思います。ただ、私の場合は少し限度を超えていたかも知れません」と草野さんは笑う。

そのころの草野さんにとって学校は勉強ではなく遊びに行くところだったと言う。休み時間になればすぐに教室を飛び出して校庭を走り回っていた少年時代の草野さん。とにかくじっとしているのが苦手で通知簿には「落ち着きがない」とよく書かれていた。

父親は長崎大学で教鞭を執る数学者。家にいるときも常に机に向かい、勉強を続けていた姿が目に焼き付いている。厳格で近寄りがたい存在だった父親から草野さんはときおり「宿題を見せなさい」と声をかけられた。宿題といっても学校から出されるものではない。数学者の父親が草野さんに課した算数の宿題だった。遊びに夢中になり宿題をしていないときには「忘れたのか」と父親から問いただされ、小さく頷く草野さん。ゲンコツが頭に落ちてくることもしばしばあった。

やがて中学生になった草野さんに、今日あったことを端的に話すことを父親は日課にさせた。テレビの取材記者ではないにしても父親という怖い聞き手がそこにいた。しかし草野さんは厳しい日課ながら、その後に父親が語る感想をやがて楽しみにするようになっていた。そこに学者ならではの客観的なものの見方があったからだ。たとえ内容が学校で叱られたものであっても教師に間違いがあれば、それがなぜ誤っているかを父親は論理的に整理して話してくれた。もちろん、叱られて当然の場合は同様に理路整然と誤りを指摘された。このことを通して草野さんは父親から視点を正しく持つ大事さを教わり、同時に研究で多忙な中、時間を見つけてわが子の成長をバックアップしてくれる有難さ、愛されているという実感を抱くようになる。

それ以降、草野さんにとって父親は厳格なだけではなく、正しいことを的確にアドバイスしてくれる存在に変わった。100m走11.2秒の記録を持ち、スポーツに全力を注ぐつもりでいた高校時代も、父親の意向によって陸上部を退部させられるなど、高校生活に何かと口を挟む父親を疎ましく感じながらも、子どもの将来を真剣に考える父の想いが草野さんには伝わっていた。

NHKアナウンサー時代に知った謙虚に学ぶ大切さ

草野さんはやがて大学を卒業し、社会人となる。就職先はNHKだった。このNHKのアナウンサー時代からテレビの画面で活躍する草野さんの道は始まることになるが、それは当初望んでいたことではなかったと言う。

「私がやりたかったのは現場を取材する記者でしたので、アナウンサー採用となったことは、実は不本意でした」と草野さんは振り返る。

それでもアナウンサーとしてやりがいを感じる道はないかと草野さんは模索する。道はあった。それはスポーツの実況中継だった。これなら自分で取材し、それを伝える取材記者の仕事に近い。しかもスポーツなら文句なく得意な分野だった。

草野さんは、さまざまなスポーツを観戦し、知識を蓄えながら、夏の甲子園の地方大会など地道な取材を行って実況した。そんな努力が実を結び、草野さんは甲子園やプロ野球、さらにはオリンピックといった重要なスポーツ番組の実況も受け持つようになる。

「その中で忘れられないのが、ある野球解説者との出会いでした。大監督として知られたその人物が野球解説者として再出発して間もないころに『私は野球では成功したし、年齢も上だが、この分野ではあなたが先生です』と私に真剣におっしゃったのです。その解説者の謙虚な姿勢に一流の人物ならではの真髄を感じましたし、自分自身も大きな番組を任されるようになったからといって実況の基本となる知識の蓄積や取材を疎かにしてはいけないと感じました」と話す。

草野さんはその解説者を監督時代にも幾度も取材した。指導の際に野球用語だけではなくさまざまな比喩を使って、選手たちにいかに分かりやすく伝えるか、常に努力している姿に共感を覚えた。誰もが認める一流監督。チームにおいてもその権威は絶大なはずなのに、選手に指示が伝わるための工夫と努力を懸命にしている。その姿と野球解説に対する一途さが草野さんの中で重なる。そして、どんな場においても素直に全力で取り組む大事さを改めて知っていく。

一歩踏み込んだ取材で情報の息づかいを伝える

昭和60年2月、草野さんは意を決してフリーの道を進み始め、民放の情報番組の総合キャスターなどに活躍の場を移した。

「それまで勤めていたNHKで、最も重要視されていたのは情報の正確さでした。しかし私が受け持った番組ではそれ以上のものが求められました。情報番組ですから、事件や事故を多く扱います。視聴者はその情報の正確な内容だけを知って満足するでしょうか?いいえ違います。今、刻々と動いている情報の息づかいを知りたいはずです。ですから私はキャスターとして取材の在り方にもこだわり抜きました」と話す。

草野さんは、番組が始まる前に綿密に取材チームと打ち合わせをし、視聴者が知りたい情報を足でかせぐ取材を徹底。取材スタッフには“情報番組の捜査一課”になろうと呼びかけた。

番組では松本サリン事件、地下鉄サリン事件、和歌山カレー事件、ペルー人質事件など歴史に残る事件を扱ってきた。もちろん他局の情報番組も同じ事件を報道する。これだけの大事件になると、往々にして同時刻にオンエアされることもあった。視聴者はチャンネルを次々に変え、これだと思ったところでリモコンを置く。視聴率という熾烈な競争において一歩抜きんでるためには、視聴者が今、本当に知りたい情報は何なのかを常に問い続け、取材、提供するのだ、という執念が何よりも大切だった。草野さん本人はもちろん、スタッフ全員がそうした姿勢を貫いていた。その結果、事件の本質を突く、他局が真似のできない情報を、キャスターとして発信していくことができた草野さん。視聴率も満足のいく結果を残した。

現在、草野さんは、「世界ふしぎ発見!」という番組の司会を務めている。

「お陰様で長寿番組の一つとして数えられるほど多くの視聴者の皆様に長く支持されています。クイズ番組のスタイルを取っていますので、解答者の素晴らしいキャラクターも人気を支えている要因の一つであることは間違いないでしょう。けれどこの番組づくりで私が大事にしているのは、遺跡という過去を扱うだけではなく、現在とのつながりを浮き彫りにするなど、別の切り口を持っているところです。その結果、遺跡をめぐる映像も単なる紹介に終わらないで、視聴者が知りたい鮮度の高い情報の発信になっていると思っています。そんなところが長寿になっているポイントの一つだと考えています」と草野さん。その話から番組の顔となる穏やかな司会ぶりからは想像できない強い意志が伝わってきた。NHKで記者を希望しながらもアナウンサーの道を歩んだ草野さん。けれど結果として記者としてやりたかった以上に仕事の充実感を手にしている。

こうした充実した仕事ができている理由は何だろうか。それは不本意な状況においてもそこで何ができるかを懸命に考え、自ら進んで工夫を重ね、真摯に取り組む生き方を大切にしてきたことに尽きると草野さんは言う。それがスタッフの共感と協力を得て、今の仕事につながっているのだろう。

未来は自分の意志と努力で変えられる

草野さんにお金についてのモットーを伺った。その答えは“きれいに使う”ということだった。子どものときから月極めなどのお小遣い制ではなく、必要なものを買いたいときに親からお金をもらってきた草野さんにとって、お金は貯めるものという意識はあまりない。たとえお使いで届け物をした家からお小遣いをもらっても、草野さんはそのまま親に渡していたと言う。今でも、お金は貯めるために稼ぐのではなく、使うべきときには惜しまずにきちんと使うという姿勢が身に付いている。

「九州の長崎で育った私ですが、お金に関しては江戸っ子の“宵越しの銭は持たない”というタイプのようです。そのため通帳を見てほくそ笑むようなことはあまり好きではないですね。派手に使うという意味ではなく、自分のためにも人のためにも、必要であれば、気風(きっぷ)よく使ってお金を生かすことを心がけています」

そして草野さんはお金以上に大切にしていることがある。それは健康だ。草野さんの健康づくりは、ストレッチなど誰でもすぐにできるものだが、時間を見つけたときにこまめに運動することを心がけている。知性派でありながら剛健な肉体派としても知られている草野さんだけに、厳しいトレーニングを想像した方も多いと思うがそうではなかった。こうした空き時間でできる健康づくりなら、運動が苦手な人でも無理なく取り組めるのではないですか、と草野さんは健康のための運動を勧める。

そんな草野さんにとって、人生を元気に生き抜く基本は何だろうか。いくつもの答えはあるのだろう。しかしあえて草野さんは自分の言葉ではなく、今も交流を続けている松井秀喜氏の言葉を紹介してくれた。それはケガによって選手生活の危機に直面したときに「ケガをした過去は変えられないが、未来は意志と努力で変えられる」というものだ。それは草野さん自身の人生観と重なるものであり、若い選手だが大いに共感していると言う。

困難の原因となった過去は変えられない。しかしそこにはきっと乗り越えられる別の道があるはずだ。それを探すことが未来を変えることだ。もし見つからなければ闘ってその壁を打ち破ればいいと草野さんは言う。人生には自分の経験や他人の言葉に耳を傾けて得た知識や賢さに加えて、強さも必要だ。そう話す草野さんの声は優しい力強さに満ち溢れていた。

本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」Vol.26 2013年秋号から転載しています。


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