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著名人・有識者が語る ~インタビュー~

楽しいこともつらいことも、すべてが俳句の種になる

俳人 夏井 いつき

芸能人がつくった俳句を歯に衣着せぬ辛口でズバッと添削するテレビ番組での毒舌ぶりが人気の俳人・夏井いつきさん。
中学校の国語教師から俳人となり、「俳句の種まき」、「100年俳句計画」を掲げながら多岐にわたる活動を30年近く続けてきました。
夏井さんが俳句を通して多くの人たちに伝えたいこととは何か、これまでの人生の歩みも交えてお聞きします。

夏井 いつき
(なつい・いつき)

1957年生まれ。愛媛県松山市在住の俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教師を経て、俳人へ転身。1994年、俳句界での新人登竜門「俳壇賞」を、2000年には「第五回中新田俳句大賞」を受賞。2005年、NHK四国ふれあい文化賞を、2018年には放送文化基金賞・個人部門を受賞。テレビ、ラジオの出演のほか、俳句の授業「句会ライブ」を主催、全国高校俳句選手権大会「俳句甲子園」の運営にも携わるなど、全国的に幅広く活躍中。著書は『夏井いつきの世界一わかりやすい俳句の授業』(PHP研究所)ほか多数。

中学校の教師が突然「俳人になる」と宣言

俳人 夏井いつきさん

俳句づくりだけでなく、講評や執筆活動、テレビ出演、講演会などにひっぱりだこの俳人・夏井いつきさん。ともすれば敷居が高いと思われがちな俳句の世界を幅広い人たちに分かりやすく伝える伝道師の役割も担っています。とりわけ、芸能人がお題を基につくった句を辛口コメントで添削する「俳句の才能査定ランキング」は、テレビ番組『プレバト!!』屈指の人気コーナーに。この活躍が評価され、今年の7月には「放送文化基金賞(個人・グループ部門)」も受賞しました。

2013年から出演する『プレバト!!』について、夏井さんは「俳句の経験ゼロの人を1にするという『俳句の種まき』を合言葉に30年近くコツコツと活動してきましたが、まったく別の荒野にいきなりロケット弾で種がまかれたようなもの」だといいます。突如、全国的な俳句ブームが巻き起こると、さぞやとまどいもあったのではと思いきや、「とまどいはなかったですね。むしろブームがやっと来たかという感じです(笑)。句会でキャンセル待ちが出るなんて一昔前は考えられなかったことです」。

夏井さんが出演するテレビ番組を見て俳句に興味を持った人も多いと思いますが、夏井さん自身は何がきっかけで俳句に興味を持ち、プロの俳人になったのでしょうか。

「学生のころから本を読むのは好きでしたが、特に俳句が好きで俳人を目指していた、という訳ではまったくないんです。私が最初に俳句のすごさを感じたのはいつだったのか、記憶をたどっていくと、中学校の教科書に載っていた与謝蕪村の句に行き当たります。『斧入れて香におどろくや冬木立』という句だったのですが、これを読んだときに、鼻の奥に木の香りがつーんとして、肌がざわっとしたことを覚えています。たったの17音で、俳句に興味がある訳でもないのに身体的な反応をもたらすことに驚きました。俳句には五感をゆさぶる力があるということを、このときになんとなく感じていたのだと思います」。

俳句の力を肌で感じながらも、その後はとくに俳句と関わることなく学生時代を過ごした夏井さんですが、「今思えば、ものを書く人になりたいという漠然とした夢のようなものはあったはずですが、自分にそんなことができる訳がないとフタをしていたのだと思います」。そして、「何か言葉を使った仕事がしたい」との思いから、生まれ育った愛媛県愛南町で中学校の国語教師になる道を選びます。

「教育実習で母校に行ったとき、子どもたちを教えることの面白さを知り、自分に向いているのではないかと思いました。とくに面白かったのが教材研究。これは授業の前に自分で進め方や教え方を組み立てて準備する作業なのですが、どうしたら子どもたちに興味を持ってもらえるか、あれこれ工夫をするのが面白かったですね。教科書が食材だとすると、それを使ってどういう料理をつくるのかを考えるのが教材研究です。ニンジンやピーマンがきらいな子どもにいかに美味しく食べてもらうか、あれこれメニューを工夫するのと似ています。授業中、退屈そうにしていた子どもの眼が急に輝く様子を見るのは本当にうれしかったですね」。

ところが結婚後、家庭の事情で生活が一変、夏井さんはやむをえず教師を辞めなければならない事態に。しかし、それが俳人・夏井いつき誕生につながるのです。

「教師の仕事はすごく楽しくて本当に辞めたくなかったので、自分を納得させるために、教師を辞める別の理由が欲しかったんですね。そこで、俳人になるアテもなければツテもないけれど、校長先生に『教師を辞めて俳人になります』と宣言してしまったんです。校長先生はハイジンと聞いて“廃人”と思ったそうですが(笑)。無謀といえば無謀ですが、宣言してしまった以上、それが実現しなかったら恥ずかしいので、なんとかしてがんばる。思えば、その繰り返しかもしれないですね、私の人生は」。

言葉を使った仕事という意味では国語教師も俳人も確かに同じですが、小説や詩ではなく、なぜ俳句だったのでしょう。

「小説のような長い文章を書く立体的な構成力は自分にはないんです。詩を読むのは好きですが、自分で書くとなると内面がストレートに出過ぎて、後で読み返すとどうにも恥ずかしくなってしまう。俳句は、17音という短い言葉の連なりで表現するため、自分の内面を具体的に書くことなく、季語に自分の思いを託すことができます。この形式が、私の性分には合っていると思ったんですね。

あらためて俳句のよさに気付いたとき、『そうだ、私は言葉を使って表現する人になりたかったんだ』と、かつてフタをしていたはずの小箱が勝手に開いてしまったという感じでした。プロの俳人になるためにはどうすればいいのかまったく分かりませんでしたが、とにかくコツコツと俳句をつくり、投稿することから始めました」。

「季語の現場人(常に季語の現場に立ち俳句をつくる)」をモットーとする俳人の黒田杏子さんに師事しながら、結婚後に移り住んだ松山市で本格的に俳人としての道を歩み始めることになります。

句会ライブは脚本のないドラマ 俳句には人を変える力がある

自身の俳句づくりに加えて、夏井さんが力を入れてきたのが「俳句の種まき」活動です。全国の学校などを回って開く「句会ライブ」では、「日本語を話せる人なら誰でも5分で一句つくれる技」を教え、俳句を通して日本語の豊かさとコミュニケーションの楽しさを伝えます。当初は小学生を対象に始めましたが、今では子どもから高齢者まで、幅広い年齢層の人たちが参加するイベントとなり大いに盛り上がっています。

また、全国の高校生が5人1組のチームに分かれて俳句づくりを競う「俳句甲子園」にも立ち上げから関わり、20年以上にわたり俳句の未来を担う若者を育ててきました。たとえ国語教師は辞めても、子どもたちに何かを教える、伝えることは、夏井さんの天職なのかもしれません。

「句会ライブでは最終的に私が秀れた句を7句選びますが、選ぶ段階では誰がつくった句か分かりません。選ばれた生徒がパッと手を挙げると、先生方が驚きます。『あの生徒がこんな素晴らしい句をつくるのか』、『普段この子はこんなことを考え、感じていたのか』と。秀れた句をつくる子どもたちのなかには、家庭の事情や精神的・身体的な問題を抱えている人も少なくありません。普段はなかなか人にいえない自分のなかのモヤモヤも、俳句という『型』を通してだったら思い切って吐き出すことができる。そして、それを人に読んでもらうことで、自分の感情を共有してもらえる。そうすることで、自分のなかの負の感情によって刺さった棘を自分で抜くことができるのです。抜いた棘は、俳句という『光の棘』になっていく。

野茨の雫をためるための棘 夏井いつき

俳句づくりを通して日本語の豊かさを知ってもらいたいという思いももちろんありますが、表現をすることで自分自身が変わるきっかけにしてもらえたら、こんなにうれしいことはありません。私は句会ライブを『脚本のないドラマ』とよんでいるのですが、その2時間で参加者の表情がみるみる変化していく様は、いつ見ても感動的です。俳句には、人を変える力がある。そのことを1人でも多くの人に知ってもらいたいですね」。

たった17音の心の交感 俳句は等身大の自分を映す鏡になる

西へ東へと全国を忙しく飛び回る夏井さんですが、意外にも「もともと活発に動き回るタイプではなくて、本があって、冷蔵庫に多少の食べ物とお酒があれば一歩も外に出なくても平気な人間」なのだとか。今でいう引きこもりみたいですねと返すと「引きこもりの先駆けですよ」と苦笑い。ただし、俳句の材料を求めて景色のよい場所や名所・旧跡などに出かける「吟行(ぎんこう)」はまったく苦にならないそうです。「それが外に出る理由になっていますね。やはり『季語の現場』に出かけて行って、そこで五感をフルに使うのがなんといっても俳句づくりの醍醐味ですから」。

「楽しいことやうれしいことはもちろん、人生で直面するつらく哀しい出来事も、すべてが俳句の題材になる」と夏井さんはいいます。「たとえば、正岡子規が病床で詠んだ句が代表作といわれるように、俳句はその時々の等身大の自分を映す鏡になる」と。

「人間、生きていれば苦しいことや嫌なこともあります。でも、俳句づくりの楽しさを知ると、その苦しさすらも、俳句の種になります。季語や光景に自分自身の思いを代弁してもらうことで、自分の置かれた環境や感情を客観視することができ、気持ちがフッと楽になる。そして、それを誰かが読み、共感してくれたら、その苦しみを分かち合うこともできます。たった17音でこうした心の交感ができる表現はほかにないのではないでしょうか」。

俳人 夏井いつきさん

俳都・松山への恩返し 100年先の俳句を見つめて

夏井さんが住み、活動の拠点とする愛媛県松山市は、正岡子規や高浜虚子ら、多くの俳人にゆかりのある土地。俳句の都「俳都」として市がまちづくりを進めるなか、夏井さんは「俳都松山大使」にも任命され、俳句によるまちの活性化にも貢献しています。

「教師を辞め、俳人になると宣言して俳句づくりを始めたものの、それで食べていくのは大変です。とくにシングルマザーになってからは苦労しました。私たち家族がなんとか暮らしていけたのは松山の土地と人のおかげ。俳句に関するお仕事をいただくなど、これまでたくさん支えてもらいました。

今、ようやく松山に恩返しができるようになり、今年の6月、俳句好きが集まって心置きなく句会を開ける念願の庵(いおり)『伊月庵(いげつあん)』を道後温泉の近くに開くことができました。公民館など公共の施設では細かな決まりがあり、気軽に句会を開くことが難しい場合もありますが、この庵は、俳句好きによる俳句好きのための空間ですから、思う存分、句会が楽しめます。全国からこの場所を目指して俳句好きが集まってくれれば松山のまちの活性化にもつながるはず。俳句を中心に据えながら、市のまちづくり協議会の人たちとアイデアを出し合っているところです。たった17音の表現で、さまざまな場所や人、モノやコトをつなぐことができるのも、俳句の持つ大きな魅力であり、無限の可能性だと思います」。

100年先の俳句の未来を見つめながら、夏井さんの種まきは続きます。

百年を旅して黄落の一本 夏井いつき

本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」vol.46 2018年秋号から転載しています。


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